アリセプト開発物語(一般名 ドネペジル塩酸塩 1997(平成9)年米国で発売)

15年という長い年月。研究者たちの想いの結実が、アルツハイマー病治療を照らす光となった。~

当記事は、米国での発売から15年を記念して2012年に作成したものです。

杉本 八郎(すぎもと はちろう)

杉本 八郎(すぎもと はちろう)

1942(昭和17)年生まれ。
1961(昭和36)年エーザイ入社。
1983(昭和58)年から、筑波研究所の脳神経領域 合成グループで、E2020(アリセプト)研究プロジェクトのチームリーダーを担当。アリセプトの“生みの親”の代表者。創薬第一研究所所長などを歴任。その後、2003(平成15)年、京都大学大学院薬学研究科 創薬神経科学講座教授を経て、同志社大学脳科学研究科チェア・プロフェッサー(教授)として現在もアルツハイマー病の研究を続ける。ベンチャー企業である株式会社ファルマエイトの会長も兼任。

私の母は、認知症を患いました。

アルツハイマー病治療薬開発の動機は?

杉本: 私の母は、認知症を患いました。私が訪問するたびに、母は尋ねました。「あんたさん、どなたですか?」。私は、母が自分の子どもすら認識できないことに衝撃を受けました。「お母さん、私はあなたの子どもの八郎ですよ」。すると母はこう答えました。「ああ、そうですか。私にも八郎という息子がいるんですよ。あなたと同じ名前ですね」。これは、私にとって笑うことのできない悲しい体験でした。私は、母との対話を胸に秘め、この難病中の難病といわれているアルツハイマー型認知症に有効な新薬を開発することに、研究者としての使命感を鼓舞されていきました。

アセチルコリン欠乏説に、粘り強く挑戦。

アリセプトの誕生にいたるまで、まず着想の段階ではどのような思いを秘めていましたか。

杉本: 母が認知症を患ったまま亡くなった影響もあり、製薬企業の研究者でいるからには、認知症治療薬を開発したいという思いがありました。
研究に着手したのは1983(昭和58)年。アルツハイマー型認知症患者の脳では、記憶に深く関わっているアセチルコリンという神経伝達物質が異常に減少していることが指摘されていました。このアセチルコリン欠乏説に粘り強くチャレンジした結果が、実を結んだわけです。

ドネペジルの構造式

新規化合物の創製までには長い道のりがあったと思いますが。

杉本: 私が『E2020(アリセプト)』の研究チームリーダーであった当時、アセチルコリン欠乏説は一定程度の評価を得てはいましたが、しかし、一方で、この説は失敗であったとする研究者の見方も強かったのです。
リード化合物の発見は、ほんの偶然からです。ランダムスクリーニング(薬効・活性を示すものを探し出すこと)の中に、アセチルコリンを分解する酵素であるアセチルコリンエステラーゼを阻害する化合物を見出したのです。このものは別の目的で合成したものですが、これがアリセプトの創出に結びつくことになりました。
アリセプトについては、このシード化合物の合成展開の中からさらに非常に活性の高い新化合物を創出し、1985(昭和60)年にこれを創薬テーマとして登録しました。この化合物は、生物学的利用率が低いという体内動態上の欠点が判明しましたが、この欠点克服に再度挑戦した結果、極めて完成度の高いE2020(アリセプト)を見出し、1987(昭和62)年3月、新たにテーマ登録を達成しました。

アリセプトの創薬の地 エーザイ筑波研究所

競争意識が、創薬の熱気を生む。

当時の筑波研究所のムード、職場風土は、いかがでしたか。

杉本: 当時、筑波研究所の組織は領域別に分かれていて、一室から六室までありました。これがいい意味での競争意識を生んでいました。
私は二室の脳神経グループでしたが、室内の合成系と評価系でも、喧嘩になるくらいの議論が繰り返されました。私たちは化合物をどんどん合成して評価系にもっていくわけですが、評価系もマンパワー的に限界があるため、お互いの不満が爆発するんです。
当時、筑波研究所では、研究一部長だった内藤晴夫・現社長が毎晩、必ず激励に回ってくるんです。これで筑波の研究員は気合が入り、夜遅くまで仕事をしていました。

個人の力とチームワークについては。

杉本: 創薬のシードの発見においては、その人固有のセレンディピティー(ふとした偶然をきっかけにひらめきを得、幸運を掴み取る能力)があります。
E2020の場合は、構造活性がある程度、煮詰まってきていたとはいえ、入社1年目の研究員が、世界的な化合物の合成に成功したのです。私は、彼の持っているセレンディピティーというものを感じましたね。
もちろん、彼一人ではなく、アリセプトの誕生のために、一人ひとりが役割を果たしたからこそ、大きな成果が得られたことは間違いありません。個人の能力もさることながら、チームワークも大事だと思います。革新的な創薬を生み出すためには、個人の力だけでなく、個性的なチームワークが必要なのでしょう。

プロジェクトの仲間たち

1997(平成9)年2月、米国アトランタでのアリセプト発売記念大会で講演。出席者からスタンディング・オベーションで迎えられた杉本さん

新薬開発には、トップや周囲の理解が必要。

研究開発段階で、周囲の見方はどうでしたか。

杉本: これまでのエーザイ製品を見てみると、『ユベラニコチネート』『ノイキノン』『メチコバール』など、市場で大型商品になったものは、その研究開発段階ではむしろほとんど冷ややかに見られていたともいえます。薬の開発というのは、最初から順風満帆で行くということは、なかなかむずかしいことですね。
新薬開発には、ひと握りのすごく異常と思えるほど熱中する人がいる場合があります。それをトップや周囲が、陰に陽に支えてくれているということです。E2020についても、周りが冷ややかな中で、トップが温かい目で見守ってくれたという面もありました。

アリセプトに続く、新薬への期待は。

杉本: アリセプトはアセチルコリンエステラーゼ阻害剤としては極めて完成度の高いものです。安全性も確立された使いやすい薬剤なので、このポテンシーを最大限に生かして、世界のできるだけ多くの患者様に普及させていただきたいと思います。
私は、エーザイがアルツハイマー型認知症治療剤のパイオニアとして、これまでに世界中の多くの患者様とそのご家族に貢献してきた実績を誇りに思っています。今後も、「アルツハイマー型認知症治療剤のエーザイ」という自負を持って、アリセプトに続く根本的な治療剤を継続的に開発されることを願っています。

どうもありがとうございました。

当記事は、米国での発売から15年を記念して2012年に作成したものです。

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